八幡市太極拳協会に誰よりも太極拳を愛し、熱心で、そして面倒見の良い会員がいました。彼の名は森脇義照、しかし彼は入会後わずか10年という短い年月で、肝細胞ガンにかかり闘病むなしく、享年62歳でなくなれました。彼はまたパソコンにも趣味を持ち、太極拳協会のホームページ作成に意欲を持っていましたが、心のりのまま去られました。そんな彼のためにこの項を設けました。

故森脇 義照氏を偲んで

自画像と基になった写真

 森脇義照氏は1993年(平成5年)12月に八幡市太極拳協会に入会された。太極拳をこよなく愛し、真摯な練習を積み1998年(平成10年)には初段に合格。いつもあかるい笑顔で会員をリードし、、会の中心的な存在であった。しかし、2003年(平成15年)肝細胞癌にかかり、京大病院に入院、闘病の甲斐なく同年12月逝去された。その森脇氏を見舞いに行った際、元気なら八幡市太極拳協会のホームページを作成したいと思っているができない。開設を依頼すると言われた。残念ながら森脇氏の生存中には間に合わなかったが約束だけは果たせた。
 森脇氏と一緒に太極拳に通われていた須美子夫人が、弟さんの今岡憲治氏に編集を依頼し、森脇氏の自分史の遺稿をもとに「生の輝きとその軌跡」と題する自分史をこのほど発刊されました。森脇氏を偲びその一端をこのホームページに記載しました。

森脇義照氏の履歴
昭和17年(1942年)3月15日
 兵庫県美方郡村岡町にて生まれる

 父 森脇順一 母 すゑ
昭和29年(1954年)3月村岡町立村岡中学枚卒業
昭和32年(1957年)3月村岡町立村岡中学枚卒業
昭和32年(1957年)3月
 中野製作所(大阪府布施市北蛇草213)
 入社(〜S36.7)

昭和35年(1960年)2月
 文化高等学枚東京都渋谷区代々木 卒業

昭和36年(1961年)7月
(株)清和金属製作所(大阪府守口市春日町56)入社
昭和41年(1966年)10月
 今岡須美子と結婚

 (枚方市南中振2−40−26に新居を構える)
昭和50年(1975年)2月
 同製作所、九州都城移転にともない退社

昭和51年(1976年)1月
(株)原田普工作所(寝屋川市池田西町28−34)入社
昭和54年(1979年)1月
 京都府八幡市八幡垣内山(かいとま)25−24に転居
昭和63年(1988年)8月 母すゑ死去
平成5年(1993年)12月 太極拳教室入会
平成8年(1996年)11月 太極拳2級検定合格
平成10年(1998年)2月 太極拳初段合格
平成13年(2001年)10月 中国旅行
平成14年(2002年)3月 原田重工作所退職
平成 14年(2002年)4月沖縄旅行
平成14年(2002年)6月
 造影剤による肝臓CT検査(異常なし)

平成14年(2002年)8月 切り絵教室入会
平成15年(2003年)4月11日から5月21日
 京大病院に入院(肝細胞癌)
平成15年(2003年)9月2日から10月29日
 京大病院に入院
平成15年(2003年)11月7日 京大病院に入院
平成15年(2003年)12月2日
 京大病院にて逝去

中国で太極拳の早朝練習

人生の晴れやかな日

森脇氏の版画作品